2012年10月27日土曜日

『生活の世界歴史(5) インドの顔』 辛島 昇、奈良 康明 著

インドというつかみ所のない国を、「多様と統一」「本音と建前」というキーワードを用いながらその横顔を紹介する本。

この本は「生活の世界歴史」のシリーズに入っているが、ほとんど歴史的なことは語られない。それに、インド民衆の生活の変遷(例えば、カースト制の変遷など)を知りたいという人にも役に立たない。インドの民衆がかつてどうであったか、ということは資料があまりにも限定されていて、実際のところよくわからないそうだ。

というのも、インドにおいては書記階級はずっとバラモンであったので、バラモンの目からだけの「建前」の世界が記述されてきた。しかし実際とは食い違いがあったようで、その実態は茫洋としている。カースト制度も、実は本音と建前が入り乱れていて、その運用は複雑怪奇なのである。

ただ、現在のインドの姿の紹介は非常に丁寧で、インドに在住していた著者達ならではの実感のこもった記述が溢れている。一般の日本人にとってあまりイメージがないインド民衆の衣食住について、このように整理・紹介してくれる本は稀有である。

また、インドというと「とにかく多様な国だ」、と語られがちなのであるが、本書では多様な民俗や言語を包容するインド亜大陸が、どのように「インド」として統一されているかを説明する。それを乱暴に要約すれば、ヒンドゥーとカースト制(この2つは不可分であるが)による社会の規定が、良くも悪くもインドを統一しているのだ、となる。それが妥当な見解なのか私にはよくわからないが、ナルホドと唸らされる説明ぶりである。

本書は、インドの文化論としては論旨が明快で説得力があり、バランスの取れたものであると思う。とはいえ、文化論を謳っているわけではないから、その記述は体系的でないし、あくまでインド文化の軽い紹介のレベルに留められている。それは少し残念だが、そのためもあってか語り口は平易で、読みやすい。

「生活の世界歴史」の本なのかというのが疑問ではあるが、良書だと思う。

2012年10月1日月曜日

『日本神話の源流』 吉田 敦彦 著

日本神話と類似の構造やストーリーを有する南洋、江南、印欧神話を紹介する本。

日本神話が大陸および南洋(ポリネシア等)から様々な影響を受けて成立したことはよく指摘されるとおりで、特に海幸彦・山幸彦の釣り針喪失譚などはポリネシアにも類似の神話が多数散見されるなど、神話の分布の様相は人類史的にも興味深いテーマである。

しかし、釣り針喪失譚についてはよく指摘されるもののそれを体系的に述べた本は実はあまりなく、本書においてもつまみ食い的に紹介されるに過ぎない。著者は印欧神話の比較神話学の大家ジョルジュ・デュメジルに師事しており、その専門は印欧神話、特にギリシア神話なのでこれはしょうがない面がある。

つまり、印欧神話との比較の部分以外は著者にとっても専門外であるため、少し物足りない部分もあるのは否めない。しかしながら、むしろ本書の面白さは、バリバリの日本神話の学者ではなく、印欧神話を中心にした比較神話学者が日本神話を見るとどう映るか、という点にある。

正直、その見解は「こうとも考えられる」「これはあれと似ていなくもない」のような憶測に頼った弱い面が散見され、説得力は強くない。私自身は、著者の見解にはかなり懐疑的だ。 とはいうものの、日本神話がこうして様々な地域の神話との比較を受けるという機会はあまりないので、その意味では貴重な本だと思うし、憶測が多いとは言っても著者は学術的スタンスを崩さないので安心して読める。

著者が一貫してその主張を支持した民俗学者の大林太良や松本信広の本も読んでみたいと思った。