2014年5月17日土曜日

『だれでもできる果樹の病害虫防除―ラクして減農薬』田代 暢哉 著

果樹の病害虫防除、つまりは薬剤散布を効果的・省力的に行うためにはどうすればよいか、という本である。

私はカンキツの無農薬栽培に取り組んでいるが、農薬に対してさほど敵意はなく、無農薬に取り組むからこそ農薬のことをよく知らなければならないと思い本書を手に取った。

本書が強調するのは、JAなどが提供する防除暦によるカレンダー的防除を脱し、合理的に農薬を使いましょうということである。では合理的な薬剤散布とはどういうことかというと、それは必要な時に必要なだけの薬剤を、できるだけ効果的に撒布するということである。これは極めて当たり前のことで、問題なのはその具体的手法だ。

まず、殺菌剤に関してはその効果が切れないようにローテーション的に撒布しなくてはならない。そのためには、農薬散布後からの累積降雨量を記録して、残効期間があっても降雨量が多い場合には薬剤を散布するといった工夫が必要である。

殺虫剤に関しては、その発生初期に集中的に薬剤散布を行い、初期の発生数をとにかく低く抑えるということが重要である。そのためには、毎日圃場に足を運び、害虫の発生に注意しなくてはならない。また殺虫剤に関しては、新薬よりも長く使われている伝統的な薬剤(マシン油、ボルドー液など)をうまく使うことを推奨する(これらは抵抗性が出にくいため)。

そして、撒布については、果樹栽培ではよく使われているピストルタイプの噴霧器は、ドリフト(飛散)が多く実は撒布が効率的でないとし、飛散防止タイプの使用を勧める。飛散防止タイプのノズルを低圧(1Mpa程度)で使うことで、撒布する薬剤の量をかなり減らすことができるらしい。

本書によれば、一人の農家が使う農薬の種類は必ずしも多くない。であるから、その数少ない農薬の特性をしっかり理解してほしい、という。かくいう私も、園芸野菜に関してはあまり農薬の特性を理解しないままに使っている一人である。反省して、徐々に農薬の勉強もしていきたいと思う。

また、本書では展着剤の効用は実はあまりないのではないか、と指摘する。 要は、既に個々の農薬はそれぞれが最適な展着性能を持っているわけだから、展着剤を添加することによる機能性の向上はさほど望めないどころか、展着剤を使うことにより付着量は確実に低下するので、使わない方がマシな場合が多い、とのこと。もちろん、使う方がよい場合もあるのでこれは是々非々で使い分ける必要がある。

ところで、「ラクして減農薬」を謳う割には、殺菌剤の効果が切れないように農薬をローテーションすること、とかしており、さほど省力的な管理は推奨していない。そこが信頼できるところでもあるが、減農薬に取り組むための本ではなくて、どちらかというと農薬をばっちりと効果的に使うための本であると思う。それから、「病害虫防除」は必ずしも薬剤散布だけでなくて、耕種的防除や生物的防除など農薬以外の手法もあるわけだが、実質的には農薬散布のみが詳細に書かれているので、タイトルは『果樹の薬剤散布』とした方がよいように思った。

全体として、なんとなくやっていた薬剤散布を基礎から学べる良書。

2014年5月1日木曜日

『Citrus: A History』Pierre Laszlo 著

老化学者によるカンキツ類の四方山話。

本書は「A History」という副題だったので、カンキツ類が辿ってきた歴史に関する本かと思い購入したのだが、分量的には歴史部分は半分程度である。また、歴史の記述についても、中心的なのは米国のカンキツ産業がどうして興ったか、ということで、世界的なカンキツの歴史は簡単に触れられるに過ぎない。

例えば、大航海時代においてカンキツは大変重要な役割を果たした果物であるわけだが、具体的にどこでどのようなものが生産されていたのか、というような話は出てこず、概略的・一般論的にその重要性が指摘されるに留まっている。ただ、イギリス人は17世紀までカンキツ類でビタミン欠乏を防げることを知らなかったので命がけの航海をしていたが、ポルトガル人は知っていたので健康的な航海ができたというのは知らなかったのでナルホドと思った。

米国のカンキツ産業の歴史についてはやや詳しい。いかにして米国にオレンジが渡ったかから説き起こし、それが次第に広まり、寒波などの天災を乗り越えて一大産業を築き、またやがて生産過剰となって「オレンジを飲もう」キャンペーンを実施し、オレンジのジュースとしての消費を開拓してアメリカ人の朝食にオレンジジュースが不可欠なものとなるまでが説明されている。 このあたりの歴史のダイナミズムは大変に興味深いところで、より詳しい文献で調べてみたい気持ちになった。

歴史を除いた残りの半分に何が書かれているかというと、著者の思い出やカンキツが文化的にどう扱われてきたか、そしてレシピといったところで、正直私は興味があまり湧かなかった。例えば、絵画作品において柑橘類がどう描かれてきたかという項があるが、著者の提示する作例が絵画史的に見て妥当なものであるのか判断もつかないし、そもそも話題に出ている絵画のサムネイルが載っていないし、著者の好みの単なる羅列なのか、学術的に意味のある話なのか不明である。

詩におけるカンキツ、という項目もあるが、これに至ってはWallace Stevensという詩人の”An Ordinary Evening in New Haven"という詩を紹介したかっただけなんじゃないかなあ…というような内容で、カンキツが表現された詩を体系的に見渡してみようという意志が感じられず、思いつきで挙げていった感が強い。

というように、歴史の部分は記載が表面的であり、それ以外の部分については思いつきや著者の思い入れが先行して散漫である。ただ、カンキツというテーマでこうした本は他にないと思うので、特にカンキツに対して思い入れがある人は、面白く読めるだろう。

ところで、本書について個人的に失敗したのは、邦訳があったのにわざわざ原書で読んでしまったことだ。別段原書で読む価値がある本でもなかったので、ちゃんと調べてから購入すべきだったと思う。カンキツの文化誌という比類ないテーマでまとめられながら、内容には今ひとつ深みが足りない本。