2014年12月6日土曜日

『発展する地域 衰退する地域: 地域が自立するための経済学 』ジェイン・ジェイコブス 著、 中村 達也 翻訳

都市の発展と衰退のダイナミズムを説明する本。

著者のジェイン・ジェイコブスは『アメリカ大都市の死と生』で著名な都市の経済論の論客である。彼女は経済学者ではなくジャーナリストであったので、その筆は理論的というよりも経験主義的で、その主張は厳密でもない。しっかり定義せずに新出概念を提示するあたりは、ちょっと学問的に脇が甘い感じがする。

だが一方で、既存の経済学が見落としていた「都市を基本単位に据えた経済」というものを鮮やかに描くのは爽快である。国を単位に経済を見れば、統計などの面で対象を厳密に扱うことができ学問的にはなるけれども、経済のダイナミズムを解明するという点ではあまりにその解像度が低すぎて、どうして経済は成長する(できる)のかという基本的なことすらもよく分からない有様なのである。

本書では、都市を経済の単位に見て、経済成長のダイナミズムの中心を「輸入置換」という現象に置く。これは、これまで他の都市から輸入されていた財を、自ら生産するようになること、つまり輸入品を地場品で置換することである。これによって、これまで輸入に当てられていた資本を他の輸入品に振り向けることもでき、より重要なことに置換品の生産のための雇用も生まれるのである。

都市が発展していくためには、この「輸入置換」が次々に起こっていく必要がある。さもなければ、その「都市」は僅かな特産品のみを生産するだけの地域になってしまい、情勢の変化などに脆くなり、発展の道がなくなるからである。

では、この「輸入置換」が起こるためにはどうしたらよいのだろうか? 著者は、そのためには「インプロヴィゼーション」が必要だという。「インプロヴィゼーション」とは、即興的な工夫とでも言えばいいだろうか。先進都市から輸入されている物品は、発展途上にある都市にとっては高度すぎることが多く、自前でそのものを作ることは難しい。またそのための設備や材料も乏しいだろう。だから、あり合わせのものでなんとかする必要がある。この「あり合わせのものでなんとかする」のがインプロヴィゼーションである。

これをもっと乱暴にまとめてしまうと、経済発展の原動力は広い意味での「創造性」にあるといえるだろう。本書ではここまで乱暴にはまとめない。経済発展は個人の才覚だけの問題ではないことも示す。しかし大きく見れば、経済が活性化するということは、創造性ある事業家が様々な事業を地域内で興していくこと以外にはない、というのが著者の見解であるようだ。

後半は、逆に都市の衰退のダイナミズムについて述べる。都市に衰退をもたらすものの第一に掲げられているのは為替変動の間違ったフィードバックである。マクロ経済学では、ある国家の競争力が落ちてきたらその国家の通貨の価値が下がり、輸出がしやすくなることによって競争力を取り戻すというフィードバック機構がある、とされている。しかし著者によればこの仕組みはうまく働かない。

なぜなら、通貨は国家を単位にして流通しているが、経済の実態は都市が単位だからである。ある為替水準は、ある都市にとっては高すぎ、ある都市にとっては低すぎる。円安になると喜ぶ企業もあれば、いやがる企業もある。つまりいくら為替変動というフィードバック機構があっても、それは都市という単位ではさほど有益なものではないということである。

そしてひとたび衰退が始まると、それは坂を転げ落ちるように進んでしまい、挽回が難しい。競争力を取り戻すための現実的な処方箋は、ほとんどないようである。ただ、衰退を遅らせることはできる。それが著者のいう「衰退の取引」というもので、こういう取引が行われるようになることは衰退の象徴でもあり、また衰退しているさなかではやむを得ないものでもあり、しかもある面では衰退をさらに進めてしまうものでもある。

それは、軍需産業への依存、後進国への輸出に頼ること、また補助金に頼った取引である。これらは詰まるところ、都市に必要な創造性を発揮させる機会を減らし、経済を単調なものにしてしまうのである。だがしかし、これらを続けている間はある程度経済を回すことができる。だから衰退の過程にある都市(または国家)は、こうした取引を続けていくことになる。そしてこれらの取引への依存度がどんどん高まってしまい、経済は後戻りできないほど衰退していくのだという。

著者が提示する、この衰退の過程を回避する空想的な解決策は、都市ごとに通貨を独立させることである。そうすれば為替変動により適切なフィードバックが働き、都市は競争力を取り戻せるかもしれない、という。この思考実験は、まだまだ多くの検証が必要だと思う。それにいくらこの方法が有効だとしても、現実的な問題(例えば九州と本州で異なる通貨にするということだけでも、クリアすべき障壁が膨大にある)のために実現はできないだろう。

にしても、都市を単位に経済のダイナミズムを考えるという本書の視点は有効である。どうやって都市に経済発展を起こせるか、というところまでは踏み込んでいないが、そのヒントがたくさん詰まっている良書。

6 件のコメント:

  1. 5月4日はジェイン・ジェイコブズの誕生日です。日本では、まだあまりありませんが、昨年(2014年)から、東京ジェインズ・ウォークが明治大学の肝いりで行なわれています。しかし、こういう大掛かりなものでなく、自分たちの街を歩き、自分たちで考えるジェインズ・ウォークがもっとたくさんあってよいとおもっています。そこで、わたしも小さなジェインズ・ウォークを企画しました。

    詳しくは、「ジェインズ・ウォーク@自由が丘」を検索してください。
    塩沢由典

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    1. 塩沢さま

      コメントありがとうございます(余談ながら、このブログを開設して初めていただいたコメントでした)。ジェインズ・ウォーク、塩沢さまのWEBサイトで拝見いたしました。私は東工大卒なのですが、自由が丘周辺に住んでいましたので大変懐かしく思ったところです。九品仏から自由が丘は本当によく歩きました。今は遠方に住んでいますから参加はできませんが、なかなか面白そうですね。また私事ですが、東工大の発展史を調査していた折、東急線の変転と地域の変貌ということを面白く勉強いたしました。五島慶太の「田園都市構想」がいかに実現されていったかということと、沿線地域の栄枯盛衰の関係はとても興味深かったです。そんなことも思い出しました。
      私も加世田版ジェインズ・ウォークを開催したくなりました。盛会をお祈りいたします。

      ところで、本書についてはまた別の観点から、「南薩日乗」というブログにも書いております。ズブの素人の感想に過ぎないものですが、お時間がございましたらご笑覧ください。
      http://inakaseikatsu.blogspot.jp/2014/12/blog-post_9.html

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    2. 初コメントの栄に浴すとは、光栄です。
      ジェインズ・ウォーク@自由が丘は、おかげで明日5名で実行できそうです。

      「田園調布」というと渋沢栄一のみに光が当たるのですが、じつは五島慶太の力がおおきかったのでしょうね。

      「加世田版ジェインズ・ウォーク」は、来年はぜひ実現してください。
      塩沢由典

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    3. 初コメントの栄に浴すとは、光栄です。
      ジェインズ・ウォーク@自由が丘は、おかげで明日5名で実行できそうです。

      「田園調布」というと渋沢栄一のみに光が当たるのですが、じつは五島慶太の力がおおきかったのでしょうね。

      「加世田版ジェインズ・ウォーク」は、来年はぜひ実現してください。
      塩沢由典

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  2. 今年も「ジェインズ・ウォーク@自由が丘2016」、開催します。昨年は、完全踏破5名、最後に参加1名の計6名でした。今年も、こちらはこんなものでしょう。

    今年は、ジェイン・ジェイコブズ生誕100周年になります。雑誌の特集など、記念企画・行事が計画されています。2月にはジェイコブズの『市場の倫理 統治の倫理』が筑摩書房から文庫(ちくま学芸文庫)で出ました。5月には、藤原書店の『環』別冊で「ジェイコブズ特集」が出ます。こちらは、これまでなかった、ジェイコブズの全領域をカバーした企画になります。
    塩沢由典

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    1. 塩沢さま

      お久しぶりです。いろいろ情報を下さってありがとうございます。今年もジェインズ・ウォーク@自由が丘が盛会となることを祈念しています。加世田版ジェインズ・ウォークは開催していませんが、地方都市の発展をよくよく考えてみたいと思っています。ジェイン・ジェイコブズの諸著作で刺激を受けてみたいですね。

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